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首里散歩 Vol.485 シークヮーサーの思い出

お隣さんの庭に1本のシークヮーサーの木があった。

引っ越したばかりの頃、挨拶に伺った程度の付き合いで、庭でお会いしても会釈するくらい。

そんなある朝のこと。家の庭に熟したシークヮーサーの実が食い散らかされて落ちている。それも、皮を残しきっと甘くなっている果肉だけを食べた状態で。

「まさか、食べて投げ入れたのかな?そんなことする人には思えないけど…。」

こんな日が数日続いて、気持ちが悶々としていたある日の夕方。

我が家の愛犬四男坊に異変が。本来はおとなしい性格の子が庭の端からお隣のシークヮーサーの木に、一目散に走っていき全身で吠えまくっている。お隣の方が庭仕事しているから?と思いながら木のほうへ走っていくと…。「バサバサバサ…」と真っ黒いのが飛び立った!

「なんだ!?」びっくりしていると、お隣さんが、

「コウモリさ~。近頃は毎晩シークヮーサー食べに来ているさ~ね。」

「えっ!?」

「シークヮーサーの皮や食べ残しが落ちているでしょう。ごめんなさいね~。うちのシークヮーサー食べてあなたたちの庭に捨てているさぁ。」

(コウモリが犯人だったのかぁ…お隣さん少しでも疑ってごめんなさい!)そんな気持ちを隠して、

「いいえ~、コウモリって器用に食べるんですね。きっとこのシークヮーサーが甘くておいしいんだ~。コウモリがうらやましいなぁ。」

と少し緊張して答えると、

「あい、シークヮーサー好きね~。私一人では食べきれないからもらってくれたら助かるさぁ。」

コウモリのおかげ(?)で、毎年完熟のシークヮーサーをいただくほどすっかりお隣さんと仲良くなることができた。

いただいたシークヮーサーは絞って(その時の香りは最高!)、果汁を「ゼリー」に、週末は凍らせた果汁の塊をコップに入れ「泡盛のシークヮーサー割」でほろ酔い、そしてオーソドックスに半分に切って焼き魚のお供に…シークヮーサーの味と香りは何物にも代えがたい爽やかさだ。

スーパーにシークヮーサーが並ぶと、あの頃のことを香りとともに思い出す。

今年も熟して甘くなったシークヮーサーをコウモリは食べているだろうか。

ライター
大城くいじなう