息子を保育園に入れてからというもの、おいしいものをたくさん食べている。

妊娠出産を経て、おいしいものをおいしいままに食べられる機会はぐっと減っていたので、おいしいの偉大さにやられた。

とくにひとりで食べるランチが大好きだ。おいしい！と思った瞬間、脳みその雑音が一切なくなる感覚。落とし穴みたいでおもしろい。

とはいえ友だちとのランチも好きだ。
その日も、以前から気になっていたお店に友だちとランチに行った。彼女はもともと飲み友だちだったけれど、妊娠出産を経てランチ友だちになった。よく喋り、よく笑う関西人だ。

私たちは最近小説の貸し借りにはまっているので、その日も席につくやいなや、小説についてわーっと話しはじめた。

あの本読んだで。やばいなー終わり方。

ハッピーエンドかと思ったら最後よ。こわいわー、

あっちの本はタイミング絶妙やったわー。
ちょうどいい息抜きになったー、

あー話してたらまた貸したい本出てきたわ、

などと言い合いながら、たのしく笑っていた、ところに前菜がやってきた。

おしゃべりがぴたりと止まった。ふたりで顔を見合わせる。

「すごいん来た、な」

心の中で声がハモッた。声なき声。目が会話していた。

「ちょっと集中しよ」

と（目で）言い合ったくせに、すぐに「どれから行く？」と聞いた。友だちは「それな」と言い、言った直後に「おひたしうま」と言った。おひたしからいったんや、と思いながら私もおひたしを食べていた。

その後ホオズキを食べた。友だちもホオズキを食べていた。「だよね、2番目ホオズキいくよね」と笑い、また無言で次はどれにするかを選びはじめた。

そのあとはもう、私たちは本の話に戻れなかった。
終始、おいしい、やばい、しあわせ、こんな料理毎日誰かが作ってくれる人生を送りたい、などと言い合った。あまりのおいしさに脳みそが料理から離せなくなっていた。

メインを食べ終わったあと、友だちがこっそりと言った。「オーナーさん、人生何周目やろ」。

私も同じことを思っていた。
お店に入った瞬間から思っていた。
そもそも私はこのお店をInstagramで知ったのだが、熟練のおばあちゃんが作っていると思っていたのだ。こんなに若くてかわいい人が、こんなに手間ひまかけた料理をつくるなんて。

食べ終わったあと、次の予定まで時間があったのでデザートを食べるために残った。デザートを食べながら、あれ？と思う。私は今回ひとりじゃないのに、しっかり落とし穴に落ちてるな。

ひとりじゃなくても落ちるときは落ちるんだなとやけに納得した。会話の流れとか、自分以外の人が存在していることとか、関係ないんだ。

特別においしいものは、誰といようがしっかり落とすんだなぁ。

ふと、こんな仕事がしたい。と思った。
忘れるといけないので、すぐにお会計をして車に駆け込む。急いで手帳をひらき、大きな字で

「落とし穴のような仕事をする」と書いた。

ライター
三好優実